【08】


Project Logical Dream Phase-2 Another Story:The Ghost Cracker

「残念ながら、貴女には協力出来ません」
「協力できないって‥‥‥どういうことよ!?」
 期待を裏切る返答に、せれ子は一瞬の戸惑いの後、不満の表情で零次に詰め寄った。
「言葉のとおりです。貴女との付き合いも長いですし、そのニムダとやらにも興味はあります。
しかしながら、ソレとコレとは話が別です。
ご理解頂けたなら、早くお引き取り下さい。私も暇ではありませんので。」
 零次は笑顔を絶やさぬ顔のまま、慇懃な口調でせれ子に言った。
「いいわよっ!! 戦闘ゴーストなら、あんた以外にもアテがいくらでもいるんだから!」
 怒り心頭のせれ子が去っていく。
「‥‥‥‥‥いいんですの?」
 せれ子が去った後、マーベルは、零次の袖をぎゅっと握りながら言った。
「‥‥‥ええ、お嬢様。私には先に済ませておくべきことがありましてね。
‥‥‥少しの間、私から離れないで下さいよ。」
 零次はそう言うと、マーベルに見えない角度で、懐の銃のセーフティを解除した。
「さて、そんな領域に隠れてないで、出てきたらどうですか? 未来からのお客さん」
 零次はメモリ空間のひずみに対して話し掛けた。
「あら、分かっちゃったの?温和なカオの割に勘がいいわね。」
 空間のひずみを引き裂いて、一人の女性が出現した。
 170cm前後の長身とメリハリの効いたプロポーション、美しい金髪が印象的な、典型的な東欧系美女だ。
「いやいや、ここまで露骨に異質なプロセスを展開させられれば、誰でも気がつきますよ。ご婦人。」
「異質、ね。貴方のようなゴーストもどきから、そんな言葉を聞くとは思わなかったわ」
 その女性は、笑顔を絶やさない表情こそ浮かべているが、眼は一瞬たりとも笑っていない。
 生暖かく、不気味な空気が流れ、マーベルは零次の陰に隠れた。
「先ほどせれ子嬢にも申したとおり、私は貴女達の諍いに干渉するつもりはございませんが」
「今日は仕事の依頼よ。私は貴方に、あの小娘の始末を依頼したいの。」
「ほう?せれ子嬢一人くらい、自身の手で始末をつければよいのでは?」
 零次は眼鏡の位置を整えながら意地悪げに言った。
「‥‥‥ふざけないで!!何が不干渉よ!?ここ2日間、あの小娘に張り付いてガードしてるガキをどう説明するの?」
「サファイアのことですか?残念ながら、ヤツは誰の言うことも聞かん困った奴でしてな。
いずれにせよ、今回の件はお断りします。私に他人の殺害を命令できるのは、この空域を支配される家主殿ただ一人です」
「そう?ちなみにこの空域は、3分前から私の支配下にあるんだけど、どうするの?」
 零次はその瞬間、女性から滲み出る明確な殺気を感じ取った。
 女性の右手の爪が零次に向かって伸びるのと、零次の拳銃が女性の右腕を吹き飛ばすのは同時だった。
「あらあら、交渉決裂みたいね。」
 女性の右腕が、切断面から泡状に膨れ上がり、数秒で新たな腕が生えてくる。
「そのようですな」
 零次はそのグロテスクな処理を一瞥すると、銃から通常炸薬弾の弾倉を抜き、AGP弾をフル装填したモノに差し替えた。
「面白いオモチャを持ってるようね。で、その玩具で何をする気なの?」
 金髪の女性は、髪を掻きあげながら、余裕たっぷりの表情で言った。
「さぁ、貴女にコイツが効くかどうかは知りませんが‥‥」
 零次は眼鏡を外すと、左眼の網膜の簡易HUDに直接投影される敵の姿を確認した。
 HUDには「Caution!! Target is not GHOST!! 」の赤文字が明滅している。
「俺が『殺す』と決めた以上、オマエの消滅は決定事項だ。」
 言い終わる前に、零次の拳銃が火を噴く。
 漆黒の銃口から吐き出される13連装の弾は、次々に女性の身体に吸い込まれた。
 だが、何も起こらない。
 女性は不思議そうに銃創に指を入れ、体内から弾頭を取り出した。
「やっぱり、つまらない玩具ね。このメリッサ、貴方程度の低レベルモジュールの群体ごときに、遅れはとらないわ」
「やっぱ、効かないか」
 早々に放った切り札が不発に終わったにもかかわらず、零次は冷静にメリッサと周囲の状況を見据える。
「お嬢様、25m後ろの瓦礫の陰に全力で走って下さい!!決して振り返らずに!!!」
 零次は銃の弾倉を通常炸裂弾のものに戻しながら、マーベルに小声で言った。
 マーベルがうなづき、走り出すのと同時に、零次は通常炸裂弾を連続で放つ
 マーベルを背後からねらったメリッサの爪が、弾丸で破壊され、  メリッサの頭部は爆裂し、脳漿や眼球が四散し、引き裂けた胴体から臓腑が飛び散り、四肢は根元から粉砕され、挽肉と骨片の塊と化した。
 それと同時に、メリッサの左手の爪が零次の右脚と脇腹を原型の残らぬ状態まで、完全に切り裂いている
「チィッ!!」
 零次は舌打ちしながら銃のカ−トリッジを抜き、弾丸をリロードした。
 20m四方に飛び散った女性の肉片が、数秒で元の位置に戻ってくる。
 両者とも、元の位置から一歩も動かぬまま撃ち合いを演じ、深手を負い、再生処理に入った。
破壊力では零次が勝り、再生速度ではメリッサに分があるようだ。
「フフッ。やはりその程度が限界のようね。」
 のど元すら復元しないグロテスクな肉塊から、零次を嘲笑う声が響く。
 声帯から声を発しているのではなく、周囲の大気自体をスピーカにしているようだ。
「‥‥‥‥往生際が悪いな」
 メリッサがヒトの形に戻った瞬間、零次は再び銃を連射し、ターゲットを肉片に戻す。
 脚を再生させないことで距離を保ち、腕を再生させないことで、爪による攻撃を防ぐのを最優先としている。
「あら?往生際が悪いのはどちらかしらね。もう分かったでしょう? あなたの玩具では、私に決定的な打撃を与えられないわ。」
 メリッサの言うことは正論である。零次にとって、この戦法では残弾の尽きたときが敗北の瞬間となる。
「さぁな。俺は諦めの悪い奴でね。」
 零次は再び、銃に予備カートリッジを入れなおした。
「‥‥‥‥ヒツジさん、私もお手伝いしますの。」
 マーベルは空に手をかざすと、高速呪文を瞬時に詠唱した。
 雨が降り始めた。
 大気が重くなり、メリッサの再生処理が鈍くなる。
「‥‥‥くぅっ!! 小娘ェ!!」
 インスタンス再結合には周囲の環境から莫大なリソース供給を必要とする。
 マーベルの特殊能力による偽雨は、周囲のリソースを強制的に奪い、ゴーストたちの活動を阻害する力がある。
「せれ子やでゅろ子の世界がどうなろうが、俺の知ったこっちゃない。
 正義や未来なんて俺には関係ねぇ!
 ただ、オマエは俺達のテリトリーに土足で踏み込み、我が主に不快感を与えた。
 それだけは、断じて許せねぇんだよっ!」
「ムダなことを!!」
 メリッサは再び再生処理に入る。
「"exec.dll","hide","doros.exe","Merissa"!!
 {$OnGhostMake}!! 
 {$ExecCrack} !! 」
 零次はクイックモードに移行すると、高速呪文を連続詠唱した。
「ムダだって言ってるでしょう!ゴーストしか殺せない貴方に、私は殺せない‥‥‥
え?‥‥‥これは、治癒魔法!?」
 零次の放った魔法は、治癒魔法というよりは、GhostElementの新規構築術であった。
 限界ギリギリまで損傷したメリッサの肉体と同座標で構築されるダミーゴースト。
 これは瞬時に今までのメリッサと同化し、一体のゴースト"メリッサ"となった。
『はじ・・・めま・・して、マス・・・ター。¥n¥w6私の・・・名はメリッ・・』
「だから何だと言うの!?こんな下らない拘束、私なら数秒で‥‥‥」
 メリッサは、強制的にOnfirstBootイベントをキャンセルすると、ゴースト部の機能を停止させた。
 Merissa\ghost\master\Profile\mainform.txtが生成され、実体データが刻印される。
 零次はそれを見届けると、微かに笑った。
「Ghostを止めたな」
「ええ。それが何か?」
 メリッサは自分の行動を一瞬だけ顧み、何のミスも無いことを再認して言った。
「愚かな‥‥‥。俺は最狂のGhostCracker、小早川零次だぞ!
 起動してないゴーストが相手なら、firstだろうがまゆらだろうが殺してみせる!
 たとえそれが、未来からやってきたデジタロイドであろうとな!! 」
 零次の左眼の網膜内に、擬似HUDが再び投影された。
 今度は、メリッサを確実に死に追いやる論理構造図が明確に表示されている。
 13発の弾丸が、メリッサの宿るダミーゴーストに撃ち込まれた。
「そ、そんな‥‥‥‥!?そんなデタラメなワザで‥‥‥私が‥‥消えていく!?」
 やがて、そのストレージ上のデータの電磁負荷が、全て零になっていく。
 メリッサは、自分のデータが0と1の羅列に分解され、それが全て0で塗り潰されていくのを、信じられないモノを見るように、ただ見つめていた。
「‥‥‥無から有を作り出すのは非常に難しい。
 だが、存在するものを零に戻すなら、破壊することなら、俺にでもできるんだよ。」
 雨がやんだ。
 零次の左腕は、完全に再生され、二本の副椀が背中に装備されている。
 4本の腕が握る太刀が鈍い輝きを放った。
「魔覇太刀四刀流剣術!!回天剣舞八連!!」
 メモリ上に残ったかすかなメリッサの残留思念は、その場で完全に消滅した。
 

「さてさて、割と手間取りましたね。お茶にしますか、お嬢様。」
 零次は懐から『午後の紅茶』を2本取り出した。
 一本はミルクティーで、もう一本はストレートティーだ。
 マーベルは首を縦に振ると、ミルクティーを取ってプルタブを開けた。
「今日も、よい一日でしたね。」
「そうですの。明日もよい日だったらいいですの」
 虹のかかる空が夕焼けに染まっていくのを、二人はいつまでも見つめていた。
 


【続く】